塾生とはいい響きであり、好きな言葉である。

同じ学び舎で学ぶ、どこか書生のような語感もある。塾長からの薫陶をうけ、常に座右に書を置きながら日々の稽古を通して自己を高めていく…。この、一塾生としての心構えをいつまでも持ち続けていきたい。

 そして大道塾が好きである。

 武道人としての夢や理想を抱かせてくれ、また、それを共有し、誇りに思い邁進した仲間達がいる。一生懸命稽古をした日々も私にとって掛け替えの無い財産である。もし将来もう少しましな人間になれたなら「今の私があるのは大道塾のお陰です。」と言ってみたい。また、そう言えるよう努力したいと思っている。塾とは人間教育の場であり、長田道場もそういうものを目指していきたい。随分遠回りや寄り道もしたような気もするが、この年になって漸く地に足をつけて本来の道としての武道の稽古について考えられるようになった。大道塾生として、一武道人として、これからが本当の修行の始まりである。

 

 

 

 今年四十になった。なんとか自分のやりたい事、やるべき事、自分に出来る事というのが頭の中で整理できたような気がする。というより、これまでやってきた事と残りの人生を考えると、自然と腹が据わってしまったと言った方が良いのかもしれない。これが不惑という歳なんだろう。

 

改めて自分の人生を振り返ってみると、やり直しも後戻りも出来ない人一人分の半生が一端のボリュームで存在している。酒でも飲みながら出来る面白可笑しい話は腐るほどある。しかし、自分の半生をこれこれこうで御座いましたと、偉そうに人様に申し上げられる資格が自分には無い事が分かった。情けない事である。しっかり修行をしなければならない時期に、修行のなんたるかも分からず、また、分もわきまえずに好き勝手をやっていた。

人との出会いや縁を大切にする。人には誠意を持って接し親切にする。自分の運命や宿命というものに真摯に向き合いながらも、自分を理解してくれる人に見込まれたら身命を賭してベストを尽くす。仕事は一生懸命やる…。そんな当たり前にも思える事を仮にも武道人である私がやってこれなかった。多くの方々のご厚情や期待も幾つ無にしてきたかも分からない。ただ、後どれだけ続くかは分からないが、後半の人生を実り多きものとし、出来れば少しでも社会に役立てていくため、一度これまで大道塾で学ばせていただいた事を振り返り書き留めておこうと思う。また、自分がこれまで一塾生として見てきた風景や想いを伝える事は、当時を知る人間の役目の一つではないかと思っている。

 

 大道塾の魅力と空道の可能性を多くの方々に触れていただくため、また、これまでの反省とお世話になった方々への感謝の気持ちを込めつつ『Weekly Osada History』を綴っていきます。話はあちこち飛ぶと思います。また、その時々で感じた事などもしたためていきたいと思ってます。文章は得意ではないのですが、飾らず、正直な気持ちで書いて行こうと思いますので、ご了承下さい。

 

平成16年12月1日 

NPO法人国際空道連盟大道塾 
仙台西支部 長田道場